脱走に悩む

  • 2017.09.13 Wednesday
  • 23:08

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今週の月曜日、息子がマンションから脱走した。一度早朝にトイレで目覚めたので、パンツを替えてもう寝ろと促して、私は眠剤が効いていたのでまた眠ってしまった。いつも、ドアノブの上に鉄製の蓋のようなのををかぶせてダイヤル式の南京錠で固定するのだが、うっかり忘れてしまった。そういう時に限ってアホ息子は脱走する。そう、私の不注意です……。

気づいたのは、息子が自分でマンションに入ってきた時。寝ぼけていた頭が一気に覚醒、そして愕然とした。
「!!」
エッ?!ヤツは脱走していたのか、何しとるんじゃコラァ!
私の身体が動くのに時間がかかったが、汗をかいていたので何とかシャワーを浴びさせ、着替えをしてサンドイッチを早く食えと急き立て、さっき放課後デイにお迎えに来てもらって外出したところだ。
そう、先週土曜日が土曜参観日で授業があったので、この日は代休で学校休みである。実家の店は、お客はないが大浴場の修理に業者が出入りしている。店番は来なくてもいいと言われたので、お言葉に甘えて少し休む。どうせ後から、洗濯しに行かないといけないし。

それにしても、脱走はするわ、大声で繰り返しスケジュールの確認しに来る息子には閉口する。疲れる……。
実は、息子の脱走は初めてではない。彼の場合、信号の意味とか横断歩道がなくて陸橋しかない道での対応とか、交通ルールをどこまで理解しているかがかなり怪しい。だから、絶対脱走は防がないといけない。いつ車にはねられるかと恐ろしい。命に関わる事だから、しっかりせねば。


最近、私自身が夏バテが残っているのか、何となく怠くて大した事もしていないのに疲労感がある。そして眠い。そういう時はミスが多い。自己嫌悪である。
正直、息子がショートステイで学園にお泊りに行ってくれてる時は本当に助かる。誰とも口を利かず引きこもっていたい気分だ。憂鬱から逃れるために眠りたい。そんな時は一人静かにYOUTUBEで怪談朗読や音楽、ラジオ等を聴いていると落ち着く。
本当は実家で不用品の片付け、整理等しておきたい用事はあるのにしない。断捨離したいけれど真逆の状態だ。でも、私自身は実家にいるよりマンションにいる方が落ち着くのだ。息子はきっと、住み慣れた実家の方が好きなのだろう。だから、脱走先は決まって実家である。では、実家にいれば脱走しないのかといえば、そうでもないと思うが。


何故、現在のような実家とマンションの二重生活を続けているかは、追々書いていきたいと思います。途中のままになっている話の続きになるので……。
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友達の死(振り返って)

  • 2017.09.01 Friday
  • 07:39

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NYは、実家の両親と折り合いが悪かった。
学生時代に本人から聞いた話だが、中学生の時クラスだか部活だか忘れたが、何かの用事で男子から自宅に電話がかかってきた(当時は携帯などなかった)。ただそれだけの事で、父親は2人が付き合ってると決めつけたらしい。彼女の話も聞かずいきなりバーンと叩いて、「学生は勉強するものだ」と言ったそうだ。
とにかく父親は頑固で自分の価値観を押し付けてくる、母親はそんな父親に何も言わない人だったらしい。結婚までは、特に父親には逆らえなかったようだ。

そして、NYには3つ下の妹がいるのだが、ほとんどお互い話さなかったらしい。妹の話題をほとんど聞いた事がない。ただ、「両親と妹は私より仲がいい」と昔に何度か言っていた。
結婚も20代半ばと友達の中では早い方だったが、実家から早く出たいという気持ちが何割かあるのではと思っている。結婚後は親と度々衝突していたし、娘のMちゃんを預けて見てもらった事はあるものの、その対応で揉め「Mを任せられへん」と言っていた。


結婚して、幸せな家庭が持てたら良かったのだが、現実はそうならなかった。
結婚後間もなく、NYはA県時代に着付け教室に通っていた。「着付けとか出来るようになっておいた方がいいし」と言っていたが、本当の理由は違っていた。
後で別の友人に聞いたところによると、正月にはご主人の親戚一同が集まるのだが、その時皆和服で来るのだそうだ。着付けが出来ないと自分だけ和服を着れなくて浮いてしまう、という事らしい。正月に親戚一同集まるというのは私も聞いていたが、「和服で」という部分が抜けていた。

その後Mちゃんが産まれた。自閉症の女の子。正月に一緒に連れて行くと、皆の視線が気になる。周囲と同じ振る舞いが出来ないMちゃんを、他の親戚の子どもも相手にしてくれない。だから行きたくないとNYから以前聞いた。
その気持ち、同じ障害をもつ息子がいるのでよくわかる。それに、今時親戚一同着物で集まるって、どれだけ高貴で裕福なお家柄ですか?話してくれた友達もそうだが、その話をウチの母にしてみたらこれまたドン引き。

ご主人が独身時代みたいに好き勝手に趣味で必要以上に浪費したり、そのくせ自分の妻には行動をうるさく縛る。口論になった時にご主人がキレて、家の壁に穴を開けたとNYから聞いた。堪りかねてNYがご主人の母親に相談してもまあまあと流される、どうせ自分の息子が可愛いんだと嘆いていた。
結局、NYが安心できる居場所は、家庭にも実家にもなかったのだろう。


27日(月)
前日、通夜の後JRの駅ビル内の飲食店で、NTとうどんか蕎麦を食べて別れてから、疲れていたので駅から近い実家に泊まったのだが、これが失敗だった。葬儀会場はJRよりH急の方が近いのだから、マンションに意地でも帰るべきだった。
疲れてるのになかなか眠れず、告別式に当日あろうことか寝坊してしまった。H急の駅までタクシーで、それから電車に乗り最寄りの駅に着くと、数分間全力疾走。

会場に着くと、焼香がかなり進んでいた。上着を葬儀場の方に預けて、急いで焼香を済ませた。心の中で遅刻した事を詫びながら。ああカッコ悪い、情けない……。
席は会場だけでは足りなくて、入口のロビーにまで並べられていた。上着を受け取り、会場を出てロビーの椅子に座った。
隣を見ると、次男クンを連れたNTがいた。前日までは、(平日なのでご主人は仕事で、次男クンをみてくれる人がいないから)来れないと聞いていたので驚いた。HTは仕事があるからと欠席。遠いので無理もない。だから、告別式はJNと私だけだと思っていた。JNは少し離れた席に座っていた。
それから間もなく、焼香が終わった。ギリギリ滑り込みセーフだったのだ。申し訳ない……。

そして、アナウンスがあり全員起立して会場に集まった。椅子は片付けられ、棺が会場の中央に置かれていた。順番に花を一輪配られ、棺を取り囲むように集まり、花を棺の中に置いていく。棺の蓋が開けられていて、照明が棺に当てられて明るいため、前日より鮮明にNYの顔が見える。やっぱり、化粧されているが少し黒ずんで傷んでいるように見えた。
献花が終わり、全員棺から離れて立つ。そして喪主の弔辞があり、NYのご主人が話し出した。最初の内容は、マイクからの声が小さかったのと、少しざわついていて聞き取れなかった。途中から「……理解を求めたけど、拒否されました。Mを自分と両親とで育てていきます」という言葉が耳に入ってきた。
えっ?

NTとJNに訊いてみたら、ご主人の家とNYの実家の両方でMちゃんを育てていこうと言ったけど、NYの両親に拒否された、と言っていたように聞こえたとの事。えっ、事実か否かという以前に、そんなのこんな場で言う事か?当のNYの両親もいるのに?と唖然としたが、「出棺します」というアナウンスが入り、意識を棺に戻す。
棺の蓋が閉じられる。音楽が流れる中、喪主を含めた数人の手で棺は一同が見守る中運び出された。本当に行ってしまうんだ、と思うとぐっと涙が込み上げてきた。
棺が入った車の助手席に喪主のご主人が乗り、両家それぞれの車に乗り込む。数台で走り去って行った。後は、火葬場に行ってお骨となって帰って来る。
これで告別式は終了、各自会場を後にするだけである。

しかし、感情が一気に高まったところでハイ、おしまいとなっても自分の中ですぐに気持ちを切り替えられなかった。NTは幼い次男クンがいるし、姉の家に寄って行くと言っていた。私も、昨夜は通夜の後NTと食事に行ったから、今日はJNと過ごしたいと思った。
NTと別れた後、JNに何処でもいいから近くでお茶しないかと誘った。H急駅の近くの古い喫茶店があると言うので、そこに行く事にした。彼女がトイレに行きたいと言うので、葬儀場に戻った。さっきの会場は早々に片付けが済み、親族が帰ってきた後の会食の準備がされている。

私はJNを待つ間、ボンヤリとその光景を眺めていたが、ふと傍に遺影に使った(写真をカラープリントした)紙が、額から外されて他のゴミと一緒に無造作に置かれていたのに気付いた。それと、遺影の側に置かれていた「お母さん大好きだよ M」(詳しくは覚えてないけど、大体こんな感じ)と印字された紙も入っていた。
私は何となく、その紙を拾い上げてみた。そしてNYの写真の側に置いた。そこへJNが戻って来た。
「どうしたん?」
「ううん、Nちゃんの写真見てた」
そして、葬儀場を後にした。喫茶店では、お腹が空いていたので軽食を食べながら、お葬式の話からNYとの昔の思い出話などをした。


後日談。
3月末に、NYのご主人がMちゃんを連れて、またもや突然やって来た。Mちゃんは、春から中等部に進学するのだが、寄宿舎に入れる予定だと弔辞の最後に話していた。春休みだから家に居るのだそうだ。
用件は、四十九日が済み、私が今回の葬儀で連絡係を(成り行きで)務めた事で、どうもお世話になりましたとお菓子の詰め合わせを持って来たのだ。
「いや、別に何もしていませんので……、それに私だけいただくのも……」
私は困惑したが、どうぞどうぞと押し切られて仕方なく受け取った。そして、後で父親に従業員さんに食べて貰ってと渡したのだった。葬儀に行った3人に、LINEで報告したのは言うまでもない。

告別式で悪者扱いされたNYの両親が、Mちゃんに愛情がなかったのかどうかは、実際判らない。あの場はY家の葬儀で、NYの両親に発言権はなかったのだ。NYが生前言っていた事。ご主人やその家族の言葉。あの結果に至る全てを知る事は、永遠にないだろう。ただ、ご主人とその親のやり方はやはり狡いと思う。


あれから、まだお墓参りに行っていない。5月に納骨予定だと聞いていたので、もうとっくに入っている筈だ。全員の予定を合わせるのは無理だから、行ける人でという事になるのだけど、NTが2人の子どもや町内会で慌ただしくて、予定が立てにくいそうだ。冬なら落ち着いてると思うと言っていた。もう一周忌になりそうな予感……。

おそらく一度は行くけど、多分それで一応の区切りとすると思う。お墓がご主人の実家の近くで、地元の人だけが入るような場所で、案内して貰わないと判らないらしい。私も含めて友達は、ご主人やその実家と関わりたくないという意向だ。でも、行く時の連絡係は私しかいないんだろうな……。
JNが、私の友達で亡くなったのはNYで3人目だと言っていた。
どちらにしても、NYはもういない。亡くなった友達を偲ぶ時があってもいいけど、現在いる友達を大事にしたいと思う。

友達の死(後編)

  • 2017.08.31 Thursday
  • 07:40

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結局、短大の友人で葬儀に出たのは、私を入れて通夜は4人、告別式は3人だった。彼女とは高校も同じで、高校時代の人間関係は大体知っていた。卒業後は疎遠になり結婚式にも来ていなかったから、高校時代の友達は他に呼ばれていないのではと思われる。中学は別だったから、何人来ていたのか知らない。
短大の友達に出欠をとって、欠席の返事が来たのが、どうしても断れない用事があるから行けないと代わりに弔電を送ったのが1人。以前からうつ病で、葬儀などに出るのが精神的に負担なのか、調子が悪いからと辞退したのが1人の計2名。


26日(日)
事前に、通夜の前か後かでNYの顔を見に行こうかという話になり、ご主人に都合をメールで訊いてみたら「通夜の後は親族との会食があるから、前の方がゆっくり見てもらえる」という事だったので、通夜の時間より早めに集合した。通夜に来る4人のうち、HTはO県から新幹線で来るので、急に早く集合することになり大変だったと思う。

葬儀場の場所は、たまたま前日に知り合いと会っていたのだが、その場所が奇遇にも近くだったので事前に教えて貰っていた。
葬儀場の入口に故人の名前が書かれている。そこにNYの名前を見つけ、複雑な気持ちに。中に入り、先にトイレに行こうとして、途中でNYの会場の前を横切った時、正面に彼女の遺影が真っ先に目に入った。「Nちゃんや……」誰からともなく呟く。ああ、本当に死んだんだという実感が押し寄せる。

NYのご主人と私達は挨拶、会場に入ってもいいと言われたので、祭壇に進み、棺の中のNYと対面した。亡くなった報告を受けた時、ご主人から顔は(水に浸かっていなかったのか)比較的綺麗だった、下半身は体を拭く事が出来なかったと聞いた。3週間も水に浸かっていた体は、相当ふやけていたであろう。ただ、真冬だったのでほとんど腐敗せず、綺麗なままだったのは不幸中の幸いだったか。
私達はNYの顔をじっと見つめて、「不安だったけど、割と綺麗だったね」「でも、(亡くなって)だいぶ経ってるから、ちょっと顔くすんでない?」などと話していた。

ご主人が、発見時の状況を詳しく説明してくれた。
発見された場所は、草が沢山生い茂り、窪みになっている場所でなかなか発見されなかった。発見される数日前に、河川敷で子ども達がスポーツに興じていたそうだが、誰にも気付かれなかったそうだ。
ご主人曰く、警察がなかなか本腰を入れて調査してくれないので、自分が川に入ると言いだしたらヘリコプターを飛ばしてくれて見つかったという事だが、私達は疑問に感じている。事件性がないと判断しているのに、警察が動くとは思えないからだ。たまたまヘリコプターが通りかかって、見つかったというのが真相なのではという気がしている。

そこへご主人の母親がやって来て、「どうもこの度は」と愛想良く挨拶。「ウチは男兄弟しかおりませんし、Nちゃんを実の娘のように思ってたんですよ。でも、Nちゃんからしたら、やっぱり実の親じゃないから甘えられなかったみたいで……」「ご存知でしょうけど、Nちゃんのご両親とも上手くいってなかったようで……」と、スラスラ喋る。
私達は、通夜までの残り少ない時間にNYの最後のお別れをゆっくりしたくて来た。そこへ、ご主人の母親が「私達はNちゃんを大切にしていたんです、責任はありません、彼女の両親が悪いんです」とばかりに言い訳と自己保身に必死なのが感じられて、NYとの最後の時間を邪魔に来られたようで不快だった。ご主人の父親は、母親と対照的に一言も話さなかった。何を考えているのか判らない。

その中でも目立ったのは、ご主人の家族とNYの家族の間に、異様な程ほとんど会話がない事だった。部外者の我々から見てもハッキリ判る。
私達が席に座った頃、NYの母親が私達の所にやって来た。挨拶の後、「皆さんは、Nの短大のお友達なんですか?」と聞いてこられたので「はい。私ともう1人は高校の時から一緒です」と答えた。そうですか、とNYの母親は会釈をして去っていった。

そして、訊問客も揃って来たところで通夜が始まった。親族から順番に焼香をする。私は、冠婚葬祭など型にはまった動きが苦手で、マナー間違ってないかな、両家にお辞儀しなければいけないのに、ちゃんと出来てたかなとか気になってソワソワする。
そして、私の番が来て焼香する。内心「何も出来なくてごめんなさい」と思いながら手を合わせた。
戻ってくる時にふと気づいたが、通夜の途中から数名の女性が来て、会場が狭くて椅子が置けなかったのか、後ろに立っていて泣いていた。その人達がどういう関係だったのかは判らない。

焼香や坊さんのお経が終わったところで、突然スライドの画面が下りてきて、会場の電気が消された。何事だと思っていると、生前のNYが家族で旅行に行った様子が写し出された。ご主人の母親も同行したらしく、何枚か一緒に写っていた。中心は、NYとMちゃんとのショット。後で聞いたら、遺影の写真や旅行も3年ほど前との事だった。その頃、彼女は既に調子が悪かった筈だが、そんな様子は画面からは感じなかった。
でも、私は知っている。彼女は家族やご主人の母親と旅行に何回か行っているが、行きたくないと言っていた事を。
スライドが終わった頃、「Nー!」と絶叫に近い悲痛な男性の声がして驚いた。後で友達と「さっきの、誰?」「Nちゃんのお父さんちゃう」などと話していた。

それにしても、今まで親族の年寄りの葬式しか経験していなかったせいか、こんなスライドを見せられたのは初めてだ。在りし日の故人を参列者に見てもらうという趣旨なのだろうが、若い人の死は、残された者にはすぐには受け入れ辛い。こんな演出はいいのか悪いのか、何とも言えない。

実際に、両親がNYに愛情がなかったとは言い切れないと思うが、コミュニケーションが下手というか、普通に話しにくい雰囲気を醸し出していたというのが、葬儀で両親を見た感想である。私を含めて友達全員「Nちゃんの親、無理やわ」というのが全員一致した意見だった。

しかし、翌日の告別式でもショッキングな展開は続く。続く
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友達の死(中編)

  • 2017.08.18 Friday
  • 13:34

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今日は、NYの誕生日である。Happy Birthdayと毎年メール送ってたんだけど、もう送れないなぁ……。スマホも解約したよねきっと。

今日、息子が二泊三日のサマーキャンプから帰って来る。
三日と言わず一週間ぐらい帰って来なくていいと思う私は酷い母だろうか。帰って来た後の荷物の半端ない量、片付けの大変さを思うと……。実は昨日から気が重い。しばらく一人になりたい。放っておいてほしい。

NYのご主人が言っていた。「Nは現実を受け入れられなかった」と。“受け入れられない現実”とは具体的にどこまでを指すのかは不明だし、私や友人達は彼とその両親をあまり信用していないのだが、この言葉はあながち間違ってはいないのではと思う。
「離婚して、何もかも放り出して一人になりたい」と、かつて数年前に彼女と会った時に本人から聞いたこともある。
NYの苦悩と私の悩みは内容や辛さも違う。性格の違いもある。彼女の方が、逃げ場がないだけ深刻だった。でも、私と考えている事があまりにも似ている。私自身も、現実の生活を受け入れられなくて、自由になりたいという考えが捨てられない。


さて、先月友人NYとの別れについて記したが、その続きを書き進めたい。既に彼女の死から半年が経過したので、記録として綴っておきたい。
NYの最期を書くにあたって、スマホのメールを見ながら記憶をたどっている。

2月7日(火)の昼前、実家で店番中に突然NYのご主人がやって来た。A県から地元に戻り、新居で暮らし始めた頃に見かけた印象とはあまりにも違うので、名乗られるまで誰か判らなかった。
「先週の土曜日、夕方に『散歩に行く』と言ってNが外出して以来、行方不明になった。心当たりや連絡があれば教えて欲しい」という内容だった。心当たりなんてまるで思い付かないし、連絡も昨年以来ずっと取れていない。NYは、ご主人には(友達とは)連絡を取っていると言っていたらしい。

そして、彼女は昨年二回家出をして、一度目は自殺の名所で有名な崖から飛び降りた事もあるとの事。木の枝に引っかかってから落ちたので、軽症で済んだらしい。飛び降りる前に、睡眠導入剤を大量に服用していたらしく、フラフラと落ちたとの事。何故、その時に医者に連れて行って強制的にでも入院させなかったのかという疑問が消えない。
二度目は、彼女が実家の両親と喧嘩をして家出したとの事。NY自身からも、両親の話は学生時代から度々聞いていた。そして、三回目が今回の失踪だ。
とりあえず、ご主人と私は名前、携帯番号、メルアドを書いた紙を交換して、何かあればまた連絡すると言い残して帰って行った。

私はすぐに親しい友達数人にメールを送り、先程の出来事の説明と連絡があったら教えて欲しいと書いて送った。すぐにメールや電話で返事が来た。当然だが皆驚いた様子で、自分の所にはNYからの連絡はないという事だった。

それから、しばらくご主人から連絡はなかった。連絡した友達からは「あれから連絡あった?」というメールが来たりした。一度問い合わせてみたけど、NYのスマホのバッテリーが切れてしまい、連絡が取れなくなったそうだ。警察にも捜索願は出しているものの、事件性がない場合は積極的な捜索がしてもらえないとの返事だった。
最初は、私や友達も前の二回の家出の事もあり、数日で見つかるだろうと思っていたけど、それが甘い考えだった事を思い知らされた。待てど暮らせど連絡はない。家を出た時、普段着のままで大金を持っていた訳でもない彼女が、真冬の中長期間何処で過ごせるというのか。日が経つにつれて、もしかしたら……という最悪の考えが頭をよぎるようになった。

しかし、日々の生活に追われているし、丁度今年早々から息子の転校のため、不動産屋に行きマンションに入居し、住民票を変更して生活道具の搬入を急ピッチで終え、紆余曲折の末転校する目処が立った所であった(この話に関しては、別の機会で書きたい)。NYを気にかけつつも、慌ただしく毎日を過ごしていた。


そして、とうとう忘れもしない日が来た。
2月25日(土)、たまたま以前からの知り合いと会ってランチして、その方のお家に遊びに行く約束をしていた。昼前に、さあ出かけようとしていた時に電話がかかってきた。相手は、NYのご主人だった。

最悪の予感は的中していた。
彼女は、23日にK川に沈んでいるのを発見されたそうである。検死の結果では、溺死ではなく低体温症との事、約三週間ほど水に浸かっていたであろうという事。つまり、家出してすぐに川に入って亡くなっていたのだ。雪もチラついていた真冬の川、浸かってすぐに意識を失ったであろうという見解だったそうだ。
K川のとある場所の近くで見つかったそうだ。具体的に書くと特定されてしまうので伏せておくが、有名な歴史文化財とだけ書いておく。何故そんな場所に行ったかはNY本人にしか判らない。
本人の荷物も9日には見つかったそうだ。
脳裏には、自ら河川敷を下りて川へ入って行く後姿が浮かんだ……。

今日、病院から自宅に彼女が帰ってくる、通夜は翌26日(日)、告別式は27日(月)との事。場所と時間を聞いて電話を切り、私は急いで約束している知り合いにしばらく遅れる旨を告げて謝り、友達に報告と通夜・告別式の出欠をとるメールを送った。果たして、すぐに友達から電話がかかってきて対応に追われた。

結局、知り合いには一時間ほど待たせてしまった。事が事だけに、怒られないで気遣ってくれたが、何とも間の悪い事だった。しかも、告別式の日は息子の転校初日なのだ。いつもお世話になっているS学園にお願いして、通夜の日は迎えに行くのが遅くなるからと急遽お泊まりをお願いして、昼前に息子を預けた。
間の悪いことは続くものだ。(続く)

脱線ばかりですみません

  • 2017.07.31 Monday
  • 11:18

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前回、友達の話を書いていたのに、突然関係ない話を入れてすみません。
必ず続きは書きますので、今回はコンサート話です。


韮崎コンサ会場
昨日、韮崎文化ホールに行って来た。現在、帰りの電車の車中である。昨夜は甲府のホテルに泊まった。部屋に戻ってからアップしようとしたが、疲れて寝てしまった。

実は、私自身の意思でコンサートに行ったのは初めてである。一応、2010年、2011年にSummer Sonic大阪に行ったけどあれは野外コンサートだから複数のミュージシャンが順番に出てくるし、時間も1時間程度と短い。他に、友達がファンで誘われて行った事が数回。続く↓
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友達の死(前編)

  • 2017.07.28 Friday
  • 22:04

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今年の2月、学生時代からの友人NYが死んだ。あれから間もなく半年になる。生きていれば、来月の誕生日で45歳になる。
私自身の心の整理も含めて、あの時の事を書き記しておきたいと思う。
読んでいて辛い話になるので、無理な方はお控え下さい。


彼女の話は、今まででもこのブログで何回か書いた事があったと思う。彼女も私も性格は違うけど、どちらかというと地味で大人しい方だった。2人の違いは、私は思っている事を率直に言う方だけど、彼女は言えずに溜め込んでしまう方で、典型的なB型とA型タイプだったかなと思う。
NYとは高校・短大と同じで、高校の時は、友達の友達といった知り合い程度だったが、短大で同じコースに進んでから親しくなった。

就職後、彼女は25歳ぐらいで結婚した。ご主人も地元の人で、NYによれば中学校時代の友人の紹介で知り合ったのだとか。私も他の友人と披露宴・二次会に呼ばれて行った。あの時は本当に、こんな結末を1ミリも予想していなかった。確か、披露宴で友達と歌ったのが、当時人気だった安室奈美恵の『Can you celebrate?』だった。
ご主人が仕事で先にA県に単身赴任していので、結婚後現地に付いて行き一緒に暮らしていた。

お盆やGWなど時々こちらに帰ってきたとき、友達数人で会ったりした。あの時は元気そうに見えた。パートに行ったり、習い事をしたりしていたらしい。
それから、女の子が産まれ(うちの息子より3歳下)、それから2、3年後にご主人が地元での勤務に戻り、ようやく地元に帰ってきた。場所は私の家からは電車とバスで1時間程度の、郊外の新築の家で暮らし始めた。持ち家が欲しいというのはご主人の希望らしく、NYは家のローンで生活費が苦しいとぼやいていたが。


こちらに帰って来て間もない頃、家にも行った事はあるが、NYの様子が少し沈んでいるように見えた。後から聞いたら、うつが出てきたのはMちゃん(彼女の子)が出来てからだそうだ。Mちゃんは私の息子と同じ自閉症だった。ただ、Mちゃんの方が随分大人しく、トイレなど身の回りの事も出来ていたようだ。(葬儀の時も別室で大人しくDVDを見ていたそうで、息子とは大違い)。

たまに友達数人でランチに行こうと誘うも、Mちゃんが小さいのと、ご主人がMちゃんを預けてNYが出かけようとするのにいい顔をしなかったため、会う回数は以前より減っていった。ご主人への愚痴も徐々に増えていった。口論になるとキレる、勤務が休みの時、Mちゃんの面倒を見るでもなくネットで競馬している……etc。
それに、NY自身のうつ病の進行が拍車をかけた。

徐々にうつ病が進行していき、「調子が悪いから会えない」という回数が増えていった。Mちゃんは保育園、支援学校に進学後は学童保育しか利用していなかったので、NYのためにヘルパーさんなど福祉サービスの活用を勧めたが、「ダンナが家の中に他人が入られるのが嫌がる」など、否定的な答えしか返ってこなかった。
NYの住んでいた地域は郊外にて、障害児の日中預かりや短期入所(ショートステイ)が出来る施設が少ない。放課後デイサービスも出来始めたのがここ数年で、資源不足なのは否めないが、ずっと歯がゆい思いはしていた。といっても、友達といえど他所の家庭にあまり首も突っ込めない。肝心のご主人とは直接の知り合いではないから何も言えないし、実態は最後までわからないままだった。


共通の友達JNが本人を元気付けようと、よしもとの舞台に誘って何回か観に行った事があるらしいが、「ボンヤリしていて元気がなく、ほとんどランチを食べなかった。かなり痩せていた」と言っていた。私は、突然家に行くのは迷惑だろうし遠いので、メールをたまに送ったりしていた。
なかなか話す機会がないので、2年以上前に息子が片目を失明した時にメールで報告したら、電話をくれたので少し話せた。その時、「足腰が立たず、歩きにくいから杖が欲しい」との事。あと、「SNSでダンナに監視されている」と妄想のような話を始めたので、かなり心配していた。クリニックを変えて、ご主人が診察の時送ってくれるようになったという事も言っていた。

その後、去年から毎年送ってくれていた年賀状が来なくなり、メールをしても返事がない、電話をしても出ないといった状態になった。他の友達に対しても同様で、皆どうしたんだろうかと心配していた。
秋頃、NTが姉の家に家族で寄った帰りに、夕方NYの家に行ってみたそうだ。その時は、カーテンから光が漏れていたので思い切ってチャイムを数回鳴らしたそうだ。しかし応答はなく、一旦ご主人や子ども達が待っている近所の公園まで戻って、10分程して再びNYの家まで行ってみたら、シャッターが閉まっていたと驚いて話してくれた。

おそらく、その頃は完全に私達にも心を閉ざしていたのだろう。それから年が明けて今年の年賀状も、やはり来なかった。
それから、2月になってそれは突然やって来た……。

この先の人生

  • 2017.07.25 Tuesday
  • 02:27

JUGEMテーマ:日記・一般


毎日、暑い。外出すると汗だくで、1日2〜3回はシャワーを浴びてしまう。水シャワーで軽く汗を流すだけでも、体温が下がって楽だ。ウオーキングやホットヨガもそうだが、外出するのが億劫になって、つい行ったり行かなかったりしてしまう。これだけ汗をかいているのだから少しは痩せてくれたらいいのに。



息子も高等部に進学した。あと3年足らずで支援学校卒業となる。その後の進路はどうなるのだろう。まるでイメージがわかない。今まで利用できていた福祉サービスがほとんど使えなくなる。在宅で一緒に暮らすには絶対に必要なのに、却って保護者の負担が増えるばかりだ。グループホームはまだまだ数が少ないため、入所施設も郡部(はっきり言ってど田舎)ばかりである。
両親には「卒業後、◯◯(息子)をいつまで家に置いとくんや?」と言われる始末。孫に愛情がないのではなく、私が息子の世話に手を取られて店の仕事をほとんど両親に任せざるを得ない状態が、かなり負担になっているのだ。両親ももう老いている。

ただ、仮に息子を施設に入所させたって、私一人に店の経営まで出来る訳がない。借金が完全に返せる自信もない。そのために婚活もしたがうまくいかなかったし、結婚が幸せに結びつくとは限らない。離婚した家庭、表面上は維持しているが内情はトラブル抱えてグチャグチャな家庭も知っている。どうしても周囲は障害児を抱えた家庭の知り合いが多いので、特にそうなるのだろう。特に問題もなく順調な家庭の人にこんな気持ちなどわからない。
NYと、そういう気持ちをもっと共有したかったよ。でも、彼女はもういない。

この先の人生を想像しても、明るい光などさしてくるとは思えない。たぶん、死ぬまで暗い霧の中を歩くだけ……。よく、死ぬ時にいい人生だったと言えたらいいなどという言葉を目にするが、現実はそんな綺麗事で済むだろうか?
後悔ばかりで、つまらない人生だったと愚痴ってそうな気がする。生まれ変わったら、人間なんてもうウンザリだ。というか、何にも生まれ変わりたくなんかない。元々、輪廻転生なんて信じてはいないけど。

でも、今は生きている。自分が好きな事に触れて打ち込んでいる時だけ、生きている実感が湧く。だから、それだけを支えに生きてる。こうして自由に文章を書くのも、好きでなければやらない。
今月末、好きなアーティストのコンサートに行く。何事も、思い立った時、目処が立つうちに実行したい。いつか行けると思っていては、一生行けない。私はそう思っている。
詳しくは、つぶやきをどうぞ↓
https://myroom-uuu.tumblr.com/post/163369631879/

では、また……。

何とか生きてます

  • 2017.07.08 Saturday
  • 13:19

JUGEMテーマ:つぶやき。



やっと、ブログに舞い戻ってきました。
前の更新から約一年、全く更新なしですっかり忘れ去られた事と思います。一応、何とか生きてます。だいぶ朽ちてきましたが(笑)。
ずっとブログが書けずに月日が流れて、どうしようかと思っていました。やめたくはないけど、このまま書けないなら諦めて閉じた方がいいのか、などと。
でも、ずっと続けてきた思い入れもあるし、書きたい事は山ほどあるけれど体力・気力の衰えを感じて放置し続けていたものの、やっぱりやめたくなかったので更新できる時を待っていました。


この空白の間、色々な事が怒濤のように過ぎていきました。Tumblrのつぶやきを読まれた方ならご存じかと思いますが、断片的に書いています。一番心に強く残った出来事は、今年の冬、学生時代からの友達が自ら命を絶った事でした。
年齢を重ねる毎に悩みが増えていきます。40歳は不惑というそうですが、むしろ逆ではないかと思います。人生の折り返し地点を過ぎ後半に突入し、じわじわ焦りを感じつつも、どうでもいいというなげやりな気持ちが混じって憂鬱度は上がる一方です。

とりあえず、いつまで続けるか何も考えていませんが、あまり期待しないでゆるく見守っていただければと思います。
やめなくてよかった。

ついてまわるトラブル(中編)

  • 2016.08.25 Thursday
  • 08:20

JUGEMテーマ:日記・一般


昨日、久しぶりにブログを更新できた。実は、息子が昨日からサマーキャンプで、2泊3日で出かけている。今日から学校が始まるのだけど、お休みしますと連絡してある。年に1度の事だから。
7月も、修学旅行に3日間出かけていたのだけど……。あの時は、どうして更新できなかったのかな?いずれにせよ、最終日は迎えに行って帰宅するから落ち着かない。今日は午後から用事あるけど、1日中ではないのでこの機会にせっせとブログ更新を。店も久しぶりに昨日、今日と休みなのです!やっと、たった2日間だけ。
 
 
とりあえず、あれから起こった事を出来る範囲で時系列に書いていこうと思う。前々回は、以前通っていた息子の障害児放課後デイサービスに通う事になった経緯を書いたので、今回は、そこで起こった出来事について。もう、だいぶ日が過ぎてしまったけど……。
最初、2回に分けて書くつもりだったけど、長くなりそうなので3回に分けました。では↓
 
 
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神経衰弱だってさ

  • 2016.08.24 Wednesday
  • 13:44
JUGEMテーマ:日記・一般

また、長い間ブログが書けなかった。何というか浦島太郎状態で、あまりに長期間放置していると何から書いていいやら分からなくなってしまうものだ。書きたい内容はこれでもかというほどあれど、目まぐるしく過ぎていく時の流れについていけず、気付いたら8月も下旬……。
前回の続きも書けていないし、いきなり現在の状態を書いても話が飛んでしまうから、順序立てて書かなければならない。けれど、その作業が遅々として進まない。
 
ブログが書けなかった要因として、仕事がここ数年、休みが極端に減ってきた。シーズンオフである筈の8月下旬や冬も予約が入り、休めなくなっている。観光客が外国からも増えている。街は外国語が飛び交い、ここは日本じゃなかったっけ?と首を傾げる状態である。
とにかく、皆疲弊している。従業員さんは一定の休みを取れるが、家族は出ずっぱり。休みよこせ−!と詰め寄って強引に休んだこともある。その分、親に負担かけて申し訳ないのだが……。
他にも、息子が終日家に居る時は店に出られないので休まざるをえない。しかし私にしてみれば、まだ店にいる方が気楽かも、と思うこともある。
 
息子が帰ってくるまでに休息をとったり、買い物や用事を済ませなければと思うだけで落ち着かない。ようやく落ち着くのは、息子の就寝後だ。しかしその頃はグッタリしてしまい、頭を使って文章を書く気力など吹き飛んでいるのだ。年で体力や気力が低下したのか、それとも私が怠けてるのか、と思っていた。つい数日前までは。
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